※この雛めぐり記は、07年のものです。展示内容が異なる場合がありますので参考までにご覧ください。


三川町の文化交流館「アトク先生の館」では、この建物の所有者だった旧阿部家の夫人が手づくりした雛人形と趣向人形が飾られています。山形大学や鶴岡高専で教鞭をとり、「アトク先生」として慕われた故阿部徳三郎氏の住宅を、町が取得。町民の感性を磨く文化交流の場として活用されています。雛展の開催中は、町内の東郷小学校の児童らが作った凧絵も飾られています。
上座敷に飾られた大きなひな壇に並ぶのが、阿部家10代美務氏夫人の関(世記)さんが手づくりした大振りのお内裏様と趣向人形の数々。頭(かしら)や道具類は京都から取り寄せ、衣装を手縫いしたそうです。明治の後半から昭和の初めにかけての約30年間で、たくさんのお人形を作られました。
ひな壇の大半を占めるのが、歴史的な人物伝承や能の場面を再現した趣向人形の数々。南北朝時代(14世紀)の南朝の武将、楠木正成と長男の正行(まさつら)の別れの場面や、正成の戦死を知り、自害しようとする正行を母親がいさめる場面など、楠木正成にまつわるものが多くあります。また、常盤御前や牛若丸、小野道風、太田道灌、左甚五郎などの逸話から想を得た人形もあります。また、大きな鯛の供え物のユニークなお顔に、笑みもこぼれます。ギザギザの歯が見え隠れしているのも一興。

アトク先生こと阿部徳三郎氏は明治40年(1907年)の生まれ。鶴岡中学・成城高校・京都大学・東京大学大学院・ミュンヘン大学などで就学し、戦時中は参謀本部に勤務していました。平成6年に死去。建物は、皇室関係の建物を多く手がけた宮島佐一郎氏の設計によるもの。関東大震災を経験し、庄内に疎開していた宮島氏は基礎に松杭を打ち、耐震を考えたそうです。完成は昭和3年。また、江戸時代に造られた庭園は、鳥海山と月山を借景とする池泉回遊式。春には山野草、ツツジ、夏の池には睡蓮などが咲き、花の館としても訪れる人の目を楽しませています。
※この雛めぐり記は、07年のものです。展示内容が異なる場合がありますので参考までにご覧ください。