答志島に行ってきました。
本日2回目の更新です。引き続き公益大しばたです。
10月初旬には、海ごみサミットという会議が三重県鳥羽市で行われました。
このサミットは、1回目が飛島で行われたんです。そのことから、毎年公益大からも参加しています。今回はレポーターも参加してきました。
サミットが終わった後に、鳥羽市最大の島、答志島(とうしじま)に行ってきました。海女さんが活躍しているこの島で、様々な体験をしてきました。
それではレポーターは引き続き松井くんです。
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08海ごみサミットが10月2日〜4日にかけて、三重県鳥羽市で開催されました。このサミット終了日の4日〜6日にかけて、同じく鳥羽市にある答志島に行って来ました。
答志島とは、伊勢湾の入り口に位置し、面積6.98km²、周囲26.3km、人口3000人。
生活基盤は漁業で、約8割の方が漁業に従事しています。
鳥羽市にある4つの有人島の中では一番大きな島です。答志(とうし)・和具(わぐ)・桃取(ももとり)の三つの地区で構成されています。
一つの島の中でも、答志・和具と桃取では、交流もなく、文化や言葉が違うそうです。
私たちが二日間宿泊したのは答志地区です。
答志港までは、鳥羽市の市営定期船乗り場(佐田浜港)から、和具経由・答志行きに乗り、約25分という短い時間で到着します。
答志地区の魅力は何といっても、昭和の雰囲気を残す狭い路地です。
答志地区では民家同士の距離が非常に狭く、狭い路地が多くあります。また古い建物も多く残っていて、昭和にタイムスリップしたかのような錯覚になります。子供たちも元気があり、軒先でカードゲームなどをして遊んでいました。
更に子供だけではなく、お年寄りから子供まで、地域全体に活気がありました。私たちが路地を歩いていても気軽に挨拶をして下さいました。
この路地裏を歩くときにご案内いただいたのが、答志島を中心に活動を行っている「島の旅社」さんです。親切に案内していただきありがとうございました。
島の旅社さんは、答志島を中心に鳥羽市の有人4島(答志島・神島・菅島・坂手島)で活動を行っています。島の魅力を大切にし、ありのままの魅力を来島者に伝えていく活動を行っている団体でした。
答志島二日目は、足を伸ばして桃取地区を散策しました。
答志地区から桃取へは車で約15分ほどです。やはり同じ島ですが、答志地区とは雰囲気が違いました。
港の近くには大きな牡蠣の加工所などがあり、活気がありました。
また桃取地区だけが現在でも稲作が残っていて、収穫を待つ稲が実っていました。
とにかく不思議なことが多い島でした。地区ごとに文化や言葉が違い、それぞれに個性がありました。
そんな中でも共通していたことが、古い物や文化を大切にしているということでした。それを象徴するのが、先ほど紹介した狭い路地ではないでしょうか。また「寝屋子」制度という独特の文化も残っていました。
現代に生きる人たちが忘れかけている多くの事が、まだ活き活きとこの島には残っていました。
島での三日間はあっという間でした。
まだ見ぬ魅力がこの島にはまだまだ眠っているような気がしてなりません。
また是非訪れたい島です。
松井武史
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