岡田芳郎さん講演会
この1月に発刊された「世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか」を記念して、著者の岡田芳郎さんを招いた講演会が3月28日、酒田市の公益文科大学、公益研修センターで開かれました。
岡田芳郎さんは1934年生まれ(なんと、講演会の日がお誕生日だったそうです!)、早稲田の政経学部卒業。電通で華々しく活躍され、10年前に定年退職された方。酒田市内の図書館でこの本を見つけた時を同じくして、毎日新聞の記者だった粕谷さんが藤沢周平にまつわる本を出版され、即カウンターに持っていったら、「この本は○○日からの貸し出しになります」と言われた本。足しげく通える距離でもないので、予約もしないでいて、今日に至る・・・的だったのですが、講演はぜひとも聴かなければ!と出かけたのでした。
さすが、聴講された酒田の皆さんのほとんどが既にお読みでしたね。でも、お話は興味深く、パラパラめくっただけだった私でも十分に楽しめました。
なぜ、体調を崩して仕事も休んでおられた著者が、会ったこともなかった佐藤久一さんにこれほどまでに魅かれて、本をまとめるまでになったのか、とても興味がありました。岡田さんの話した「時代の旬を生き、光と闇の部分を持ち合わせた」「自分流の美学があり、人が喜ぶことが自分の喜びだった」という佐藤久一像が、さまざまなお話から浮き彫りにされました。
グリーンハウスのことは「酒田大火の火元」としか知らない私ですが、岡田さんのお話に出てきた時代の先端を行くような館内のつくりやオープニングの演出など、映画ファンとしてわくわくさせられます。また、ル・ポットフー時代の食材へのこだわりや味覚や美的感覚が優れていたことなど、佐藤氏のすばらしい点を挙げればきりがありません。
「久一さんが1つの文化」と言い切る岡田さん。哀愁の街、酒田の「元気をつくるしくみを見出す」のが、酒田発展のヒントだとしめくくっておられました。
講演の中で、岡田さんは「久一さんは、相手を喜ばせることに喜びを見出す人だった」とおっしゃっていました。それで、思い出すことがありました。
私は1、2度、ル・ポットフーの支配人になったばかりの佐藤久一さんにお会いしたことがあるのですが、そのときは、鶴岡のみゆき通りに、ル・ポットフーのケーキを販売する小さな店舗が何年か営業した後、突然店じまいをした1年後のことでした。
酒田市の千石町にあったパンの店舗と工場も、駅前の東急イン1階にまとめたときで、それが「おいしい料理とパン、デザートがあるという理念を具体化するための強化策」と話してくださいました。
私は「ぜひ、鶴岡にケーキの店を復活させてほしいし、パンも売ってほしい」と、いちファンのようなお願いをしたところ、「近いうちに実現できるように、お約束します」と言ってくださったのですが…。
結局、鶴岡店復活はならず、その後、経営も危うくなっていったようでした。
今考えれば、私も「お客さん」の1人であったから、店の料理やパンやケーキを愛するファンの1人の私をがっかりさせないように、大風呂敷をしいてくれたのかもしれない、と思うのです。
講演を通して、改めて佐藤久一さんの功績を見直し、「こんなすばらしい人が庄内にいたんだ」と誇れると思います。
久一さんは往年の名画「哀愁」が好きだったというのは周知の事実ですが、私は久一さんから教えていただいたミュージカル「イースター・パレード」を、またじっくり鑑賞したいと思っています。
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